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ビューティフル・サンデー

虫歯の治療のため歯医者に通っている。その帰りに、1週間前に撤去された自転車を引き取りに行くことにした。自転車を撤去されるのはこれで5度目になる。1回の回収につき保管料として3,000円が徴収されるので、かれこれ15,000円は支払っている計算になる。風が気持ちよく夏はどこへやらの天気のおかげで、撤去された自転車を回収に行くというやな感じの用事なのに自由でほがらかな気分だ。

家から自転車保管場までは20分ほど歩く。駅を抜け、ヒゲとオーバーサイズのTシャツとキャップを身につけた人々が集まる古着屋兼コーヒーショップを過ぎ、妙に新しい神社を超えたところに保管場はある。もはや通うレベルで足を運んでいるので、グーグルマップで目的地を確認する必要はなく、ぼけっとしながらでも無事到着できる。

保管場は、いかにもシルバーな6名が運営している。目黒区のシルバー人材センターから派遣されているそうだ。自転車放置者に対する怒りはないようで、いつもにこやかにていねいに対応してくれる。撤去された自転車は撤去地域ごとに並べられていて、場所を伝えるとその区画へ案内してくれる。並べられた自転車群の中から自分のを見つけて、住所、名前、電話番号を指定の用紙に記入し、3,000円を支払って回収は無事完了となる。

帰り道、いつも横目に見ている個人経営っぽいパン屋に寄ってみる。今まで食パンは超熟で十分と思っていたが、仕事でパンに接することが多く、ほんのりパンに興味が出てきた。思ったほど高額ではなく、150〜250円の範囲内だったのでちょっと安心。食パン半斤とトマトチーズフォカッチャを購入。

帰り道にはラーメン屋もある。ここは休みの日によく行く。いいパンを買ったし、歯医者帰りで口の左半分は麻酔でしびれてるし、と1分くらい悩んだがラーメン欲には勝てず醤油ラーメンを食べた。しびれた口からスープをこぼさないようにゆっくり食べた。

帰り道、自転車にまたがった少年軍団とすれ違う。東京のしかも目黒区で少年時代を過ごすなんて、どんな感じなんだろう。少年たちが入っていった文房具屋の立て看板には「夏休みもあと少し、自由研究用の工作グッズそろってます」とチョークで書かれた文字が見える。

クロスバイクで颯爽と帰宅後、パンを食べる。トースターは持ってないので、魚焼きグリルで焼いてみる。あんまり使わないせいか、上からススがひらひらふってくる。均一な焼き目でこんがりとはいかなかったが、まあまあいい感じに焼けた。焦げ目の上に乗ったススをふっと息を吹きかけて飛ばし、おいしいよつ葉バターをスプーンで塗ってむしゃむしゃたいらげた。

おとうととUNO

隣、そのまた隣の部屋から「うわっ」「うそーん」「きたっ」と叫ぶ声が聞こえる。

お正月のおせちの刺激で痛むおなかをさすりながらトイレを目指して歩く途中その部屋をのぞき込むと、弟がひとりでウノをしていた。

「ひとりでウノしてるの…? やばいやつじゃん…」

私は、30分前にアイスやヨーゴを買ってきてもらった恩を忘れ、冷たい声をかけてトイレに入った。

弟は「へへへ」と照れていた。おい、褒めてないぞ。


***


声が大きく騒がしくリアクションが大きくよく動き回る弟は、私とは真逆の性格だ。家族や親戚、ご近所さんとも人懐っこく話をする。人と関わること、世話を焼くことが好きなようだった。

よくホットケーキを焼いてくれるし、「おかしかってきてー」と頼むと喜んでコンビニへ行く。私がお祭りでもらってきたヒヨコも一生懸命面倒をみていた。

だけど学校では違った。廊下ですれ違う弟はいつもひとりだった。

周りに溶け込むのに必死で変なことをしないように気をつけている私とは反対に、弟はひとりでじたばた波を立てまくっていた。

いくら女子から嫌われても、いくらクラスの男子から冷ややかな目を向けられても、文化祭のステージにひとりで立ち歌をうたい、うっとうしがられながらも部活を3年の春まで続け、弁論大会にも進んで名乗り出ていた。

言動からは一見明るいあっけらかんとした性格のようにも見えるけれど、裏では問題行動も目立った。たまに弟の担任から相談を受けることもあった。

要するにちょっといたいやつなんだ。
高校のとき同じクラスにいたらわたしも冷ややかな目を向けるに違いない。

でも家族だ(いちおう)。弟がクラスメイトから邪険にされているところを見たり想像すると胸がきゅっとする。私が弟に対していじわる(ちょっと)するのはよくても他人から軽く扱われるのは耐えられない。勝手だけど。

そういうとき、せつなみを感じながら、同時に家族を感じる。少々問題があっても歪んでても不器用でも勉強ができなくてもひとりでウノしてても自然と大切に思える。さらっと。

 

***

 

「うの!」

弟のひとりウノはまだ続いている。

明日、おなかの調子が良くなったら一緒にウノするから……だから今日ははやくねろ!

帰沖だぜ。

飛行機に乗るのは、いつもどこかに帰るときだ。

沖縄から名古屋、名古屋から沖縄。沖縄から東京、東京から沖縄。2つの場所に家があって行き来していると、どちらが自分の場所なのかわからなくなる。名古屋や東京にいるときは、つとめて過去をたぐり寄せて、なぜ自分がこの場所にいるのかその理由を探す。なぜこの場所にいるのか、はっきりとした理由が見つけられないと不安になる。

 

*****

 

ひどく疲れていた。

飛行機の出発時刻は15時半。目が覚めたのは9時頃だったと思う。でもどうにも起き上がる気持ちになれない。そのまま枕に顔をうめて再入眠。目覚めて出発時刻を過ぎていたら帰沖予定はキャンセルだ、と投げやりに思うが、ギリギリの13時46分に運良く目が覚めたので、急いでスーツケースに服とパソコンをつっこみ、部屋を出た。

飛行機には余裕で間に合った。私の右には窓、左には3人家族があった。1歳くらいの幼児を膝に乗せたお母さんとお父さん。たまにギャアと幼児が泣き、お母さんが「すいません」と私に向かって頭を下げる。そんなにあやまることないのにと思う。ただギャアと幼児が泣くたびに私の心臓は鼓動を早める(小心者なのだ)。カバンから二切れパックの文明堂おやつカステラを取り出すと、幼児がくりっとした邪のない目で見つめてきた。どうだいいだろう、これが大人の贅沢おやつだ。一切れをつかんでむしゃむしゃ食べた。

そのうち幼児は寝てしまって、その頭が私の二の腕にもたれかけられた。ぬくい。幼児の頭ひとつぶんのぬくもりに妙に安心して、私も眠くなってくる(あんなに寝たのに)。子どもの体温って高いんだっけとぼんやり思う。

 

目が覚めたら、隣の家族はいなくなっていた。どこか広い席に移動したのだろうか。ぽっかり空いた席から窓へと目を移すと、外はすっかり暗くなっていた。地球の自転によって太陽から顔を背けた格好だ。エネルギー供給が絶たれたこの場所は、これからどんどん冷たくなる。

外が暗くなるのと同時に、窓に自分の姿が薄く映し出される。することもないのでじっと窓をのぞいていると、自分の手がいつもよりすらっとして見えることに気づいた。指なんか長くてとてもスタイリッシュ。浅黒くずんぐりしたあまり好きになれない自分の手が、窓越しにはとてもかっこいい手に見える。

もしかしたら私は自分自身が思っているよりもすてきな手を持っているのかもしれない、と一瞬自己イメージをよいほうに修正しかけたが、少し伸びてみえるのは飛行機の窓が凸状ゆえだった。なんだ。ちょっと騙されたような気持ちになる。

そうはいっても窓越しの手はすてきなので、いい気分になって指を曲げたり伸ばしたりポーズをとったりして、窓の歪みが生んだ理想の手を堪能した。そしてその手で一切れ残っていたカステラを取り出し、むしゃむしゃ食べた。生きている限りエネルギーを供給し続けなくてはならない。

 

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